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根っこ。 [BAR]

あれは確か29日(土)だったと思う。


春休み最後の週末で、消費税増税前の駆け込み需要の煽りも受けて(もしかしたらその前日放送のとんねるずの番組の影響もあるかもしれないが)、ホテルの稼働も非常に高くて、Bar営業前のANAのラウンジも大盛況だった。

階下のイタリアンレストランも大入りで余裕もなさそうだったので、僕一人、孤立無援、孤軍奮闘、一騎当千の勢いでなんとか19時の営業終了を迎えた。

幸いなことに時間を守って頂ける良識あるお客様ばかりで、19時を回ると満席から一気にノーゲストになった。


しかし19時からすでにBar営業の時間は始まっているので、一息つく暇もなく仕込みもままならないままラウンジからBar営業へと切り替えねばならなかった。まぁそれに関してはいつものことではあるのだが。





さ、まず卓上を綺麗にしないとなと気合を入れなおしていると入口に人影。
どうやら入口に設置してあるメニューをご覧になっているご様子。

もう来ちゃったか、と思いながらも声をかける。

「当Barのご利用ですか?」
「えぇ、少しの間だけいいですか?人を待たなくてはいけないので。」
「もちろん。店内只今少しお見苦しい状態ですが、よろしければどうぞ。」

全テーブル下げものがまだ残っている状態。
テラス側の窓際の2名席、人気の通称“カップルシート”が比較的下げもの少なめだったので全速力で下げて拭いて「こちらへどうぞ」案内した。

でも「カウンターでもいいですか?」と聞いてきたのでカウンターに山と積まれた下げものを退かし、お通しした。
どうやらエステに行っている奥様を、施術が終わるまで待たなければならないようだ。

「マッカラン12年、ソーダで割ってください。」
「かしこまりました。レモンお付けしますか?」
「お願いします。」


「やっぱりマッカランですね。おいしいです。いままでたくさん、いろんなお酒を飲んできましたが、最終的に辿り着いたのはマッカランでしたね。」
「そうなんですね。」

バーテンダーの癖に、お酒の話となると話が弾まない。
未熟者で申し訳ない。
というより、早く下げものしないとこのままではヤバいという焦りで会話どころではなかったと思う。

先ほど言った通り、助けも呼べない状況だし、いつ次のお客様が来てもおかしくない状況だけど、なんだか会話したそうだし、どうしようかなぁとそればかり考えていた。



しばらくの沈黙の後、お客様が口を開いた。
「お兄さんもどうですか?同じものでよければ奢りますよ。後生なんで付き合ってくださいませんか?」

“後生”?

いつもなら「車で来てるんで。」と、免許持ってないのに嘘ついて(いや、送迎バスで来てるから嘘ではないかな)断るところだけど、この状況、、、、酒でも飲まねばやってられん!!と思って。

「ではお言葉に甘えて。頂きます。」

自分用のマッカラン・ハイボールを作って乾杯。
「いいところですよねここ。」
「ありがとうございます。」
「息子がね、好きだったんですよ。このリゾート。」

“だった”?

語り出しました。
「息子がね、まぁ14で亡くなってしまったんですけど、生きているときは年に3回くらいは来てました。毎年せがまれてね。」
「常連様ですね、毎年ありがとうございます。息子さんは…なんと申し上げたらいいのか、、、残念でしたね。」
「いやいやそうかしこまらないで下さいよ。もう6年経ちますから。亡くなってからも毎年1回は来させてもらってます、思い出に会いに。本当にいいところですね。」

もうこの時は下げもののことや、Barの準備などどうでもよくなっていた。
この話は聞かねばならない。なんだかそんな気がした。



「ちょうど今日が息子の命日でね。七回忌なんですよ。いつまでもね引きずっていたってしょうがないんで、これを機に納骨しようと思ってるんです。そろそろ子離れしないといけない時期ですしね。」
「あぁ、今年でちょうど成人ですね。御存命であれば。」
「えぇそうなんですよ。でもなかなか決心がつかなくて。病気とかであればねまだあれなんですけど、突然のことだったんで。当時もね、昨日まで元気にしていたのにって、なかなか受け入れられなくって。まったく順番が逆ですよね。自分が先に入らなければならないのに。」

僕には何も言えなかった。
察するには余りありすぎて。

涙こそ流してはいなかったが、その言動や雰囲気からその心痛のほどの何百分の一かは伝わってきた。
その何百分の一で僕の心はいっぱいになりあふれ出しそうだった。
でもここで僕が泣くのは違うと思った。必死に耐えた。


「僕の後悔はねお兄さん。息子の発するサインに気付けなかったことなんですよ。子供たちは僕たち大人とは感覚や価値基準がまるで違う。彼らなりに必死で考えて必死に生きてる。僕たち大人が注意深く見ていてあげないと気付かないくらい小さなものかもしれないけれど、彼らにとっては重大なサインをちゃんと出している。それに気付いてあげられなかった。それが心残り。」

僕は頷くだけで精いっぱい。

「こんなこと言っていいのかどうか分からないですけど聞いてください。今日ね、ビーチに行って来たんですよ。息子の大好きだったここのプライベートビーチ。勝手にこんなことしたら怒られるかもしれないですけど、その大好きだったビーチに少し遺骨を流させてもらいました。納骨してしまう前にと一緒に持ってきた遺骨を。」


良いか悪いかは置いておいて、この行為を誰に咎められようか。
少なくとも僕にはできない。

「ここは本当にいいところ。沖縄には何回も来ていますし、他のリゾート地やホテルにもたくさん泊まらせてもらいましたが、やっぱりここが一番ですね。のどかで自然豊かで、朝は雑音も一切なく静かで鳥のさえずりで目を覚ますような体験は他ではできない。この施設内で生活のすべてをまかなえますし。何より従業員の温かさが違う。もう他には泊まれないですね。」


有りがたきお言葉。
しかし耳が痛かった。
立地や敷地の広大さ、自然豊かさ、景観の良さには同意する。
しかし従業員の質という点では、同意できなかった。

何様だ!と言われるかもしれないが、むしろ従業員のレベルは低いと思っていた。志も低いし、士気も低い、と思っていた。
飲食を転々としてきて、ここまで高単価なところは初めてだけど、正直その割にはその辺の飲食店と変わらないというか、ここまで意識が低いところは初めてだと思ったくらいだったのに意外だった。

逆にその「ゆるさ」が良いのだろうか。
自分の考えが間違っているのだろうか。
こんなにベタ褒めされ、愛されているリゾートの一員であることに誇りを待つ一方、なんだかいろいろ申し訳ない気持になった。





「若いころはね。安い部屋にしか泊まれなかったんだけどね、今回は息子の為ってのもあるけど、敷地を見渡せるタワーの最上階を取らせていただきました。」
「いいですね。景色もいいですし、その、、海も一望できますし。」
「いやもう、海を一望しながらのベランダのジャグジーは良かったですよ。」



それからは「どうしたらなりたい自分になれるのか」とか「夢を実現するには」とか、為になる話を聞かせて頂きました。辺野古に基地ができてしまったら景観はもちろんのこと、何より騒音でここの快適さが失われてしまうと残念だとか、そんな話もしました。それ以外にもいろいろ普通にお話をしました。





「おっと。そろそろ時間ですかね。チェックお願いします。」
「ありがとうございました。」
「また来年来ますね。」
「お待ちしております。」



時間にしてだいたい1時間半くらいだったのかな。
仕事ほったらかして話し込んでしまったけど、濃くて深くて良い時間だった。
幸いなことにその間は他のゲストは来なかった。
単に入りづらかっただけかもしれないけれど笑

その後は一気に下げものしてBar営業の準備をして山のような洗い物をこなして……。
結果としてその日は思ったよりお客様は来なかった。



でももうおなかいっぱいだったよその日は。
あの人がまたここに泊まりに来るころには、申し訳ないが僕はもういないだろう。
でもこういうことがある度に根っこが伸びる。

根なし草のはずなのに、根っこが伸びてそこに定着しようとする。
良好な人間関係とか、常連さんとか、お店をもっと良くしようという思いとか、失敗を取り返そうという思いとか、そういうのが根っことなってぐんぐん伸びて張り付いてここから離れづらくする。
でもそんな根っこを引き千切って又僕は流れる。
例えば契約期間の終了とか、会社への不信感とか、失恋とか、きっかけさえあればそうするつもりだ。




……きっかけ、出来ちゃったかも。
根っこを引き千切るのは、それこそ身を裂くような痛みを伴うけれど、あの父親の抱える痛みに比べれば何万分の一でしかないだろう。


僕が根を張る時はまだ当分先のようだ。



こんなデリケートな話、こんな風に書いてもよかったのかどうか今でもまだ分からないですが、ここ最近で一番心動かされた出来事だったんで、僕の物語上これは外せないエピソードだろうと思い、書かせていただきました。

※ほぼノンフィクションです。

ご冥福をお祈りいたします。

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